子どもの成長を望む前にすべきこと

子ども自身は「成長」を望んでいるか

 TOS高等学院はもともとTOS家庭教師センターとして、長年多くの子どもたちと出会ってきました。子どもたちの成長を目の当たりにしてきた中で、時折子ども自身は必ずしも自分の成長を強く望んでいるわけではない、ということに気づかされることがあります。

 もちろん、成長することを望んでいる子どもはいます。ただ、どうもそういう子ばかりではない。「この子は成長することを拒否しているのではないか」と感じたことは一度や二度ではありません。

 成長とは自分の未熟を自覚して、向上させていくこと。そこには壊さなくてはいけない今までの「普通」があり、「変化」していくことが求められます。今まで通用していたやり方を変えなければいけないということは、自分のこれまでの人生を否定しなければいけないということです。「自分の人生を否定」というのは大袈裟な言い方でもないと思います。

 大抵の人にとって、変化は苦痛。変化というものは、誰にとっても多かれ少なかれ不安なものです。

 中でもASDの傾向のある子どもは特に変化を嫌います。変化を起こすために進んで行動を起こすというハードルを超えるためには、相応の準備が必要になるのです。

 そもそも、ASDの子どもが変化を嫌うのは、彼らの世界が常に不安定だからです。ASDの脳は情報の取捨選択や優先順位をつけることが苦手です。定型発達者の場合、視界に入るものを全て同じように「見て」はいません。自分にとって「価値ある情報」「興味のあること」はしっかり確認し「見て」いますが、自分にとって必要ない、意味のないものはそこにあってもいしきして「見て」はいません。このように、私たちの認識は、私たちにとって意味のあるものとそうでないものを区別したところに成立しています。

 ところが、自閉症児の場合、このような知覚された情報の取捨選択ができず、全ての知覚が同じような意味(もしくは無意味)を持って襲ってくるのです。

自閉症児の知覚は、細かいディテールを注視するために、全体像を見ない。たとえば、口や鼻といった部分に注目してしまうので、顔全体を表情として認識しない。

村上靖彦『自閉症の現象学』p87

 不安定な世界を生きている子どもは、いわば“日常”を奪われています。日常とは、今日と同じ明日が来ることです。朝起きて、朝食をとり、歯を磨いて服を着替え、家を出て学校に通い、決められた時間割の授業を受ける。こういう同じことの繰り返しは、私たちに安心感を与えます。

安心できる「安定した日常」をまずは用意すること

「変化のない退屈な日常」などと言えば何やらネガティブな印象を受けますが、私たちは、日常がそう簡単に壊れはしないと思っているからこそ、なんらかの変化を期待するし、変化を起こすための行動ができるのです。

 反対に、不安定な日常を生きる人は変化のための行動を起こすことができません。そうでなくても不安定な世界で、自分自身が今までと違う行動を起こして、その結果、今以上に日常を変えてしまうなど思いもよらないことです。

 したがって、彼らが自分自身の生活を変化させるための行動を起こすためには、彼らの世界を安定した、安心できるものにしていくという段階を経なければなりません。

 変化を起こすためには、変化しない日常を作ることが必要なのです。子どもが自らを成長させるために、変化させるために前進しようという意志を持てるような、安定した日常を作ること。それが、周りの大人のやるべきことです。

 私たちがTOS高等学院で、登校すると必ず行うルーティーンワークにしている「スイッチ学習」は、ここに来ると同じ日常がある、という安心感をあたえるとともに、学びを始める前の決まりのルーティーンをすることで集中の切り替えを癖づけるものとしています。

 子どもの無限の可能性や広がる将来へ向けての進路選択・進学の支援はもちろんですが、まずはこのTOS高等学院という場所が子どもたちにとって家庭とは別の第二の居場所となることが大きな目的です。そこで与えられる安心できる日常から始まり、自然と「成長」を促す、そんな場所であり続けたいと思っています。